自殺を実行する場所が決まり、山奥へと車を走らせ、目的の場所に車を止め、野外で練炭に着火し練炭が燃え始めてきたので、後は数時間で一酸化炭素中毒で死ぬだけだ。
遺書も家族一人一人に書き残し、前日に銀行の融資担当者には今までの不甲斐なさを深く詫びた。
ここへ来る直前に連帯保証人で迷惑をかけた実家に立ち寄りもう二度と使うことのない実家の鍵をお袋に返した。
涙が止まらない。
家族や友達の顔が走馬灯のように次から次へと駆け巡る。
練炭の臭いが車の中で充満してくる。
ここは人気のない山奥。
そこには私の大好きな静寂だけがあった。
本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
30分、1時間と時間が過ぎていった。
練炭の臭いで頭がいたい。
眠るように死ぬために前日は徹夜して一睡もしていないが、眠れない。
じわじわと手足の先端からしびれが押し寄せてくる。
頭も重く後頭部まで麻痺していく感じだ。
この時、悪魔や悪霊の存在をはっきりと認識した。ここへ来るまでに私の耳元で常に囁いていた。
「お前が生きているとどんどん人が不幸になっていく、これ以上犠牲者を出さないために死んでお詫びするしかないのだ」
「お前は生きる価値のない人間だから、さっさと死んで欲しい」
悪魔はさも正しいことを言うように次から次へとささやきかけて来る。
それはまるで自分がそう思いついたかのような錯覚をしていまうほど巧妙な手口で人を地獄の底へと引きずり込んでいく。
インスピレーションの多くはその人の人格と比例している。
人格が荒んでいる時には、荒んだひらめきを受け続け、心に執着がなく、善なる心で毎日が感謝の日々ならば、天からのインスピレーションが私たちを善導してくれるのだ。
悪魔は外にはいない、自分自身の心のあり方がそれを呼び込んでいるのだ。
内側から鍵を開けるものがいるから、外から悪しきエネルギーが流れ込んでいるのであり、決して環境や他人が原因ではない。
時には・・・
「そう!それでいいのだ、死んで保険金を家族に残し、借金を全て完済し残ったお金で家族は幸せになれる、連帯保証人の元妻や姉、母親は破産せずに済むのだ」
「それがお前にできる最後の親孝行なのだ」
あの手この手で自殺を正当化してくる。
こんな話がある・・・
悪魔が店じまいをすることにした。
悪魔は7つの道具を露天で売りに出すことにした。
ある通行人がふと足を止めて悪魔にこう聞いた。
このくさび形の道具は何に使うんですか?
悪魔は得意げにこう答えた・・
「これは「失望」という名の道具なのだよ。」
そう言ってくさび形の道具を差し出した。
「これはとっておきの道具でこれさえあれば俺の仕事は完璧になるだよ。
この失望という楔を打ち込まれたら人間はひとたまりもないんだ。
これが打ち込まれたら絶対に抜けはしない。
後は何でもこっちの思う壺だ。
失望という楔が打ち込まれた人間は、疑い、貪りの心、猜疑心、嫉妬心、人騙し、妬み、やっかみ、そしり、嫉み、怒り、恐怖心・・・全て入って行くのさ!」
そう私は完璧なまでに失望していた。
人生全てに絶望していた。
完璧に悪魔の手下に成り下がっていたのだ。
その時、私は手足がしびれ、頭が重なっていく中でふとフロントガラスを見上げた。
あたりは漆黒の闇に包まれていたが、かすかな月夜の光で照らされている大きなお地蔵さんが目の前にあった。
よく見るとお地蔵さんは片手に大きな蓮の花を持っていた。
気が遠くなる意識の中でこんな内なる声が聞こえてきた・・・
「蓮の花は決して綺麗な水では育たない、泥沼や濁った水の中でしかあのような美しい花を咲かせることはないのだ。
私たちの人生もこの世界も間違いや失敗、挫折という濁った水のように汚いものなのだ。
しかしその不浄なる世界であなたはどれだけ美しい華を咲かせる努力をしたか?ということが大事なのだ。
汚れてしまったことや、汚い環境が問題ではない。
その環境の中で一生懸命にもう一度美しい華を咲かせようと決意し努力することにこそ意味が有るのだよ・・・」
私は我に返った。
時間はすでに2時間ほど経過し、全身が痺れていた。
気がつくと私は運転席のドアを思いっきり蹴飛ばし、ドアを開けていた。
新鮮な空気が一気に車内に流れ込み、私は一命をとりとめた。
そうだ!もう一度生きてみよう、汚れてしまった過去、汚い経歴、薄汚れてしまった人間関係の泥沼の中で私という蓮の華を咲かせる努力をしてみよう。
もしかしたらいつか蓮の華が咲くのかもしれない・・・
そう考えながら吐き気のするような頭痛と全身が麻酔をしたようにしびれながら必死で運転し救急病院に駆け込んだ。
生きる以上は精一杯生きてみたい・・・
いつか咲くかもしれない華を見るために・・・
2015年7月31日 空太郎